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クラスの給食費を盗ってなんかない。
人にはそれぞれ個性や性格なんてモノがあって、真面目で熱心な田中くんや面白くてムードメーカーの鈴木くん、普段は無口だけどたまに発する一言に重みがある佐藤くんなどなど、色んな人がいる。

この個性や性格っていうモノが独り歩きを始めると「イメージ」になってくる。

真面目で熱心な田中くんは、きっと任された役割をいつでも全力で取り組むだろうとか、
面白くてムードメーカーな鈴木くんは、KYになることなんてまず無いだとか、
寡黙な佐藤くんが人の噂をベラベラ広めたりしないハズだとか、

「こういう性格のハズだからこうするハズ」というイメージである。

良いイメージを持たれてそれが重荷になるのも良くない事だが、悪いイメージを持たれるのも困ったものである。


中学三年生の春、哲也は学校を代表する不良となっていた。
煙草を吸い、授業をサボり、気に入らないヤツがいれば先公だろうが殴る!そうやって行き場のない鬱憤を発散させていた。
ある時、クラスで一つの事件が発生した。集金されて委員長が管理していたみんなの給食費が無くなったのだ。
クラス中で手分けして捜したが見つからない…、みんなが落胆している所に屋上で授業をサボっていた哲也が戻って来た。
哲「どうしたの?」
優(ガリ勉)「みんなの給食費が無くなったんだ。」
哲「ふーん、どうせ天然委員長がどっかに落としたんだろ?」
委「うわぁーん」(泣き出す委員長)
優「き、君が盗ったんじゃないか?」
哲「あぁコラ!ふざけんなよ!」
言葉を発さずとも哲也に侮蔑の視線を向けるクラス一同
先生「まぁ無くなったものはしょうがない。先生がなんとかしておくから、見つけた者や持っている者は後で先生の所に来るように。いいな?哲也。」
哲「!?」

こんな感じでね、悪いイメージが先行すると謂れも無い事を言われてしまうのです。哲也が街中で小学生を注意していたとしても、通りすがりの優(ガリ勉)には哲也が小学生をカツアゲしてるように見えるかもしれない。


話は変わりますが、ナンパ野郎なんてイメージが先行しますと、女友達一人の相談を聞いただけで「あいつがあの子にチョッカイ出してる」なんて言われます。
出掛ける時にタイミングの合った子に乗っけてってもらう事も、飲み会中にちょっと抜け出して話しする事もままなりません。

長々と書きましたがそういう事ですよ。ナンパ野郎は僕の話です。
もうね、いっその事イメージ通りのナンパ野郎になって、近寄ってくる女性全てにアタックしてみようかと思うんですが、意外に良い人ぶってそういう事出来ないんだよね。
まぁ遠巻きからイメージで見てる人達は放っておいて、これまで通りで行こうと思います。ハフン。
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【2008/09/24 11:11】 | 青年団 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
やわらかい頭で食べてみる。
人は多くの固定観念を持っている。キャビンアテンダントと聞けば女性をイメージし、消防士と聞けば男性をイメージする。他にも小さな固定観念・個人それぞれの固定観念はたくさんあって、そんな考え方はたくさんの新しい可能性を潰してしまっている。

例えば、あなたが食卓に座っていて、今から晩御飯ってコトで、お茶碗に盛られた白飯とお皿に盛られた大量のあんこを出されたらどうだろうか?
普通の人なら「何コレ?」なんて聞くかもしれないし、ちょっとしたお笑い芸人ならノリツッコミの一つもするかもしれない。
とにかく白飯とあんこがこの様なかたちで食卓に出てくるのはおかしいのだ。

しかし、白飯をあんこで包めば「おはぎ」になる。時期が時期ならおはぎが食卓に並ぶかもしれない。
おはぎとしてなら芸人もノリツッコミはしないだろう。
つまりはこれが固定観念なのだ。

固定観念は自由な発想を潰してしまう。新聞紙は読む物だと決め付けた人はこの温かさを知らずに過ごすだろうし、タマゴの殻はゴミと決め付けてる人はその洗浄力を知らない。
つまりは何事も挑戦する価値があるという事だ。

ここで皆さんに一つの料理を紹介しよう。
料理と言っても至極簡単なモノで、たまごかけご飯みたいなモノだ。
まず、砂糖と鰹節を用意する。量は4:1くらいの割り合いだろうか、まぁ適当で良い。
鰹節の上に砂糖をかけて、その上から醤油をかける。量は全体が醤油で染まる程度、あくまで固形だ。
あとはこれと茶碗に盛ったご飯を同時に食べるだけ。3分もいらない簡単クッキングだ。

たぶんここまで読んでくれた皆さんの頭の中で固定観念がけたたましく警鐘を鳴らしているだろう。
「ご飯と砂糖を一緒に食べるのはおかしい」
「砂糖と鰹節が一緒なのはおかしい」
そんな声がするかもしれない。

でもそれは自由な発想を潰してしまう悪魔の声だ、聞いてはいけない。
そんな声は捻じ伏せて、さぁ食べてみよう。
【2008/09/17 13:08】 | おうち | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
明日、今日よりも好きになれる。
春は恋の季節なんて言う人もいますが、秋風に吹かれるこの季節もまた、人肌の優しさを大切に思える季節と思います。・・・こんばんは、136Rです。

先日、職場の女性に声をかけられまして、「ヒゲ、無くしたんだね。若く見えて良いと思う。好きです。」て言われたんです。

この最後の「好きです。」は「ヒゲのある・なしでは無い方が好み(136Rどうこうじゃなくて男性全般)」という意味なのは重々承知なのですが、やっぱ急に「好きです。」とか言われたらドキッとしちゃうんだよね。
この女性、歳は僕より少々上で30代前半なんだけど、社内でも綺麗で有名な方で、結婚してないのが不思議なくらい、参列者として結婚式に出席すれば新郎側の男性陣がざわめきうごめく程なんです。

そんな綺麗と可愛いを兼ね備えた先輩社員、例えるなら菅野美穂さんと深津絵里さんを足してそのまま割らずにいた様な人が「好きです。」って言ったんです。あくまでヒゲが無い方が、って事だけど。

もうね、これは恋の始まりだと思う。書いてる途中だけど、さっきから入力変換がおかしい。
「新郎」と書けば「心労」になるし、「恋」と書けば「故意」になる。
なんだか基本的にマイナス思考の言葉から出てくるんだよね。コンチ!

話は戻ってやっぱこれは恋の始まりなんですよ。
私、菅野絵里は勇気の無い女の子。周りからは綺麗とか言ってもらえるけど、ただそれだけ。まるでショーウィンドウの向こうから服を眺めるように、皆ただ遠くから私を眺めるだけ…。自分からショーウィンドウを超える事も出来ず、したい結婚もしないまま来ちゃった私…。
でもそんな私の前に白馬の王子様が現れた!ヒゲを無くしたあの方はなんて素敵なの!?なんだかドキドキして来たわ!!

「ヒゲ、無くしたんだね。若く見えて良いと思う。・・・好きです!

まぁね、これ以上「妄想」が膨らむと仲間の皆がドンドコ引いてっちゃうと思うんでここら辺にしときますが、たまにはこんな「妄想」をして愛だの恋だのの気分を味わうのも楽しいかもしれません。
勘違いから始まる恋もあるって言うしね。
そういえば、運転中に対向車の水色マーチに乗っていたメガネっ娘と目が合った気がする…、あいつひょっとして俺のこと?・・・うむ、ただの変態だな。
【2008/09/11 10:08】 | お仕事 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
明日にきらめけ。
いやいや、昨日は書いててつい時間が無かったというか、余裕が無かったというか、書くのが面倒になったというか、そんな感じで少年ジャンプの打ち切りの様な終わりとなってしまいました。

要はですねぇ、お酒を飲んでて帰れなくなった時にマンガ喫茶に行ったんだけど、そこでルーキーズを久々に読んでしまいまして、川藤先生の名言や新庄の寂しさなんかに涙ちょちょ切れたって事なんです。

ドラマの方は若菜が入部する辺りしか観てないんだけど、やっぱマンガだから泣けるってのもあると思うんだよね。入り込めるっていうか、自分のペースで読めるっていうか。

ルーキーズの数ある話、多数いるキャラクターの中でも気に入ったのが「桧山」でして、どことの対戦だったか忘れたけどエライ点差のついた試合があったんです。
チームの中でも諦めムードが漂うなか新庄が仲間を叱咤激励してから打席に立ちます。執念でヒットを打った新庄に続いて打席に立ったのは桧山!でも桧山は打つのが下手でこの時の試合ではヒットを一度も出してません。それでもあきらめずになんとか塁に出ようと必死になります。
それでも結果はアウトになり悔し涙を流しながらベンチに帰って来るのです。
この悔しさがビシバシと来ましてねぇ、グッとこみ上げるんですよ。

僕の文章じゃ伝わらないと思うんで、是非とも読んでみて下さい。
マン喫行ったら「ルーキーズ」!
【2008/09/05 15:33】 | 戯れ言 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
紙とインクは教えてくれる。
僕らがまだ子供だった時代、テレビゲームがそれほど子供たちの遊びの主流になっていなかった時代、遊び盛りの子供たちを持つ親からはこんな言葉がよく口にされていた。

「マンガばっかり読んでないで少しは勉強しなさい!」「マンガばっかり読んでないで外で遊んで来なさい!」
勉強を促す親からも、外での遊びを促す親からも、マンガは「ダメ人間の象徴」のような扱いを受けていた。

確かにマンガにはそんな一面も多い。
与えられる知識は勉強に役立つかと言われれば教科書に勝てるワケがなく、一人で読み続けるマンガは他とのコミュニケーションをとるワケでもない。
そんな「親から目の敵にされていたマンガ」でも良い所はあるのだ。

それは夢と感動。

ここら辺からマンガの素晴らしさを書いていって、「このマンガのここに感動した」とか、「本気でかめはめ波を打とうとした」とか、右肩上がりに書いて行こうと思ったんだけど、時間の都合ではいココまで。終了。
マンガは感動、大人になってからは特に。ディワ。
【2008/09/04 09:42】 | 戯れ言 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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